理容師を辞めていく人をなくしたい!

 

 

昨日、こんな記事を書きました。


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これを読んだ理容師さんから
さっそくご連絡を頂きました。




ありがとうございます。






今日は私がこんな業界では
絶対だめだ!


そう思ったエピソードを
お伝えしたいと思います。





私が2008年に茨城に戻って来た時
一番困ったのはお客さまがいない
ということでした。




当たり前な話ですが
スタッフが一人増えたところで
いきなりお客さまが増えるわけではありません。




自分でもそれは分かっていたので
地道にコツコツと
お客さまに気に入って頂けるように
毎日仕事をしていました。




私が茨城に戻ったのは2008年でしたが、
理容の専門学校で同級生だった友人たちは
私よりも3~4年早く実家に戻っていました。




理容業界って
実家が理容業というのは
圧倒的に多いです。




で、




最初は技術を身につける修行のために
他所のお店で働くという慣習がありました。




その他所のお店で
ある程度働いた後に

実家の理容室で働く
というのが一般的でした。




私は修行期間が同級生たちに比べて
長い方だったので

同級生たちの方が早く
実家で働くようになりました。




東京にいるころは
時々、顔を合わせていた
同級生たちでしたが

それぞれが地元に戻ると
会わなくなってきました。





その頃はちょうど
友人たちが結婚をする時期でした。






結婚をしても
最初は共働きだった夫婦も

子どもが出来た時期くらいから
一馬力になります。





そうなると現実的になってくるのが
お金の問題・・・。





実家に戻って
親と自分の二世帯分の売上を
稼ぐのは相当キツいです。





私もそうでした。





友人たちは
ヒマな営業時間に内職の仕事をして
何とかやりくりをする人。



夜間にコンビニの
バイトをする人。


早朝に宅急便の営業所の
仕分けのバイトをする人。







みんなが生きることに
必死でした。



家族を養うのに
カッコなんかつけていないで
必死でした。









でも・・・、







友人たちに子どもが出来て
2~3年が経つ頃に




オレの電話が鳴りました。






友人
『オレ、床屋辞めるわ・・・。

頑張ったんだけど
家族を養えない!


この仕事を10年もやったのに・・・。



たかひこ、オレ
悔しい・・・。








悔しいけど
10年やったオレの給料よりも

近所の工場で働いた方が
給料が高いんだ。。



ずっと理容師続けたかった・・・。




たかひこは頑張ってね。』







悲しかった。




そうやって友人たちが
一人、また一人と
理容業界を去っていきました。







でも、家族を養うために
決断した友人はスゴイと思いました。




私と友人は
紙一重しか違いません。





ただ、ほんの少しだけ
私の方が諦めが悪かっただけ。






せっかく志を持って
理容業に邁進する人がいるのに
報われない世界では
絶対にダメだ!






後に

私が理容師を応援する
きっかけになったエピソードの一つです。





頑張る理容師さんを応援するグループを
作りました。


とはいえ、
他の方が実際に何に困っているかが
分からないと
的外れな行動になってしまいます。


なので実際に
理容室をやっていて
困っていることを聞かせてください。



こちらにメッセージを下さいね~(^_^)



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それでは、また明日。

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