プロフィール~根底にある想い

こんにちは、たかひこです。

連日忙しい日々を送っていますと
お客さまにこのように質問されることがあります。

↓↓↓

お客さま
『たかひこさんって
仕事の日は朝から晩まで働いて、
休日の日もお店に来て仕事したり

勉強会に行ってますけど、
何でそんなに頑張れるんですか?』

↑↑↑


この質問にお答えするには、
一言では終われない
様々なものがありますので
今日から順に紹介していこうと思います。




題して

『オレの根底にある想い』





それではスタート!




その1~初任給。

それはさかのぼること
20年前、


高校を卒業して
この世界へ足を踏み入れた私は、

忙しさと眠さの中、
毎日を過ごしていました。




全寮制のお店に住み込みで働き
朝6時に起きてトイレ掃除に始まり、

前日のタオルを取り込み、
お店を掃除する。





営業が終わると
毎日深夜まで技術トレーニング。



夜の2時、3時に
寝るのが当たり前の生活でした。


コンテスト前には
帰るころはもう明るくなっていることも。

午前1時に寝ようものなら
メチャクチャぐっすり寝たな
って感じるレベル。


もう感覚がマヒしていましたねww



そんな生活をしながら
もらう給料は



5万円。


まぁ、電気代から水道代、
食事代から部屋代まで引かれてですが…。


徒弟制度の色の強い
お店に修業に行ったため仕方がないのです。



それでも!



その中から
仕事に使う道具や練習に使う
ウィッグ(髪をカットする人形)を買ったり、
講習会の受講料、交通費、休日の食事代。





当然
洋服代なんて残ってないです。





毎日貧乏でした。



ある時、中学の同級生と
東京で会おう!

となって
みんなで飲みにいきました。




大学を卒業したばかりの
友人たちは口々に

初任給いくらだった?』

なんて会話をしているわけです。







初任給5万円から
4年も経っているとはいえ、

大卒の初任給の金額には
遠く及ばない自分の給料が
恥ずかしくて

小さくなっていたのを
今でも覚えています。


だから・・・。





いずれ這い上がってやろう!





理容の底力を魅せてやる!

という風にいつも意気込んで
ギラギラしていました。





その頃の私。

↓↓↓










その2~カウンセリング



小、中、高と野球部で過ごし
丸刈りをしてきた私は
高校野球を引退した高3の夏、




ついに丸刈りから卒業します!














さぁ~これから
どんな髪型にしようかなぁ~と
楽しみにしていました。




とりあえず夏休みが終わるまで
髪を伸ばました。


そして夏休みが終わるころ
父にこう言いました。

たかひこ
『これから伸ばしていきたい!』

そして、すその方だけを短くしました。



丸刈りから伸ばしていく時に
誰もが行う期間ですね。



そこから2ヵ月伸ばして
もう一度父に頼みます。

たかひこ
『伸ばしていきたいんだけど、
どうしたら良いの?』


『分かった。』


まわりは刈り上げられ
前髪やトップの部分は
長く残し軽くなりました。

たかひこ心の声
『なんで刈り上げんだよ!
また短くなっちまったじゃね~か!』

その頃の私

↓↓↓
















でも言えず・・・。
















そこから2ヵ月後
季節はクリスマス。





やっと伸びた髪で

たかひこ
『今度は前みたいに
刈り上げないでくれ!』


『分かった。』

そう言って父は私の髪を
今までとは違う切り方で切っていくのを見て
今度こそ変わると思ったのです。



しかし結果は・・・。



たかひこ心の声
『なんか違う…。バスケ部のアイツや
サッカー部のアイツみたいに
もっとカッコよくしてほしかったのに…。』




そうなんです。



今まで髪を伸ばしてこなかった私は
髪型の注文をどう言えばいいかが
分からなかったのです。



私の髪は直毛で
サイドはピンピン跳ねる髪。

トップは生え方が前へ流れるのが強いため
ペタンとしてしまってボリュームが出ない。





時代は

ワックスで髪を
立たせるのが流行っていた時。



でもそんなカッコいい
髪型にはなりませんでした。




この頃が私の
髪への原点とも言える時代です。



ここから20年以上が経ち
今度は私が髪を切る立場になりました。


これらの経験を元に

○お客様は髪型の注文の時に
どう言って良いか分からない。


○どんな髪型があるのか
分からない。

○どんな髪型が
自分に似合うのかが分からない。




当時、経験したこういう感覚を
大切にすることで

髪型の注文を聞く時にお客様の心情を察し
カウンセリングの時に役立てています。



あの時、こんな風に自分に言ってくれる人がいたら
良かったのに…。

あの時、こんな風にカットしてくれる人がいたら
良かったのに…。


そんな人を少しでも救えたら…。



それらの想いを胸に。




私がこのお客さまの立場だったら…、
こうされたら嬉しい!

そういう技術者としていられるように
日々お客さまに接しています。

あの時の自分と同じように
注文は上手く言えないけど

人一倍カッコよくなりたいと
思っている方の役に立ちたいから!










その3~店長時代





ゲインに来てくださる方は
ご存知だとは思いますが、

私がお客さまをカットしている時間は
他のヘアサロンより長いと思います。



普通、

長く時間はかければかけるほど
売上は上がらないので
一般的なヘアサロンはスピードを重視します。





いわゆる『回転率』というヤツです。




ここではこのカットに費やす時間が
なぜ長くなるのかを
お伝えしようと思います。





今から10年ほど前
私は都内のあるヘアサロンで
店長をしていました。

その頃の私。

↓↓↓











そこはとても忙しいお店で
たくさんのお客さまで溢れていました。





そんな店長時代はカットばかりで
シャンプーやお顔そりはほとんどしません。


1時間に3~4人カットするのが
当たり前でした。



ちなみに
よくある1000円カットではなく、
カット料金が4200円のお店です。



そこで1日に13時間
カットし続けるわけです。



毎日カットをしていると
だんだんとパターン化した
仕事になってきました。



そんな時、ある尊敬する先輩から
指を受けました。



そこでお客さまの頭の形に
合わせるカットというのは
どういうことなのか知りました。




そこから
お客さまの頭の形を感じながら
じっくりとカットしていこうと思いました。



しかし、




店長という立場上、
お店の売上を上げなくてはならない
という責任から


今までと同じパターン化された
スピーディーなカットを
やるしかありませんでした。




その後そのお店を
卒業という形で退職をしました。

その頃の私

↓↓↓


















茨城に戻ってきた私は
この実家のお店で
自分が思う仕事がやっと出来る!



そう意気込んでいました。




しかし・・・。







その4~茨城Uターン編



実家のある茨城に帰ってきましたが



お客さまがいませんでした。





来る日も来る日も
父のカットしたお客さまを

お顔そりをしたり
シャンプーをしたりする毎日。




接客であったり
技術自体は好きなので

やることは嫌では
ありませんでしたが、

自分が働き始めたことで
いきなりお客様が増えるわけでもないので
売上が上がるわけではありません。




そのため

給与も
思っていたより…下。





そこへきて結婚したばかりだから
もう大変!








生きていくことの
大変さを初めて知りました。



そして




この頃から1カ月に1人か2人くらい
新規のお客さまが来てくださいました。


そのお客様を精一杯やりました。





でも



1人か2人増えただけでは
食べていくほどの売上ではありません。





まだまだでした。






自分が信じてやってきた
この仕事って何なんだろう?



一人前に技術が出来れば
輝くような未来が待っている…。




そう思って寝る間を惜しんで
トレーニングしてきた日々は何だったんだろう…。



情けなくて、



悔しくて、


涙が止まらなかった。



自分がやってきた10年間は
こんなものなのか…?



毎日モヤモヤした気持ちで
仕事をしていました。



それでも



来て頂いたお客さまには
精一杯やらせて頂きました。




今までは時間を気にするあまり
しっかりと切り込めなかった時も
ありましたが、

実家で働くようになってからは
時間よりも良い仕上がりになることを
最優先に仕事をしました。


そうすると
ある事に気づくのです。



それは

自分の出来る部分と
出来ない部分があるということでした。


自分の弱点です



この弱点を克服するために
あるセミナーに行きました。


それまでの私はセミナーで技術は
覚えられない!




技術はお店で師匠や先輩の仕事を見なければ
身につかない!


そう思っていました。


しかし、せっかく学んだのだから
しっかり復習をしてみようと思い

毎日トレーニングするというのを
修業時代以来、再開しました。



そうすると

本気で学んで本気で復習をしたおかげで
それまで出来ていなかった技術が
身につけられるようになりました。




この頃からちょいちょいとセミナーに
行くようになりました。



決して安くはない受講料に
交通費。



自分の給料ではやりくりがつかず、
妻の働いた給料から出してもらいました。





何も言わずに

『勉強頑張ってきてね!』


そう言って送り出してくれました。

↓↓↓
















絶対に絶対にコイツにもっと楽を
させてやる!






何度も何度もそう想って
セミナーへ向かいました。

そうして
1年が経ちました。

でも

働いても働いても
生活は決して楽にはなりませんでした。


ちょうどこの頃
ある迷いが出始めるのです。



その4~手紙






実家で働くようになり
1年が経過しました。

新規のお客様は相変わらず
月に1~2人。



生活はいっこうに
楽にはなりませんでした。


そんな中
ある迷いが生まれます。





その迷いとは…。




やっぱり

親子2世代でお店をやるのは
難しいのでは…?


田舎でそれだけの人数の
お客さまを集めるのは無理なのでは…?

そう考えるようになりました。


そして

もう一度東京へ戻って
働いた方がいいんじゃないか?



そう考えました。


でも、
本当に働けるとは限らない。

であれば
具体的に動いてみよう。


その後、給料が良さそうな所に
連絡をして面接をすることに。

3つの会社を受けました。


生まれて初めて
履歴書を書きました。

書きながら両親を裏切っているような
気持ちになりました。


でも、
将来を考えると…。



このままここにいてもジリ貧。



自分一人ならば
やっていけるかもしれないが、

家族を抱えてやっていくのは、





無理…。






そう想いながら
試験を受けました。


落ちたら、実家のお店に残るので
両親を裏切らないで済む。


合格ならば
オレはまだまだやれるんだ
という実証が出来る。


この二つの想いが
幾度となく交差しました。




結果は…、




3つとも合格。







この時、
『オレはやれる!』
という気持ちは2割。




あとの8割は
これで実家を出ることになるのか。


ずっと


後を継ぐために!

そう想って頑張ってきたのに…。




合格の知らせから
1週間後、




三社からは、いつから働けるのか
連絡が相次いで来ました。



面接を受けたけれど
吹っ切れなかった私は
返事をあいまいにしていました。



いつ言い出そうか。
ずっと悩みました。




お互い気の短い私と父が話しても
まともな話し合いにはならない。


そう考えた私は
『手紙』を書きました。




今までのこと、
これからのこと、

何度も何度も書き直し
どう伝えたら
一番冷静に話し合えるのか。



手紙を書き終えた私は
今度はいつ渡そうか悩みました。


考えれば考えるほど
渡せなくなったからです。



そうして父の寝る布団の上に
そっと置きました。




そして自宅に帰りました。




それから2時間後
母から電話が来ました。

呼ばれて行くと
なんとも言えない空気が
部屋に立ち込めていました。


もう、どんな話をしたのかすら
今となっては覚えていません。




次の日の仕事のことを考え
この日は平行線のまま帰宅することに。


翌日、仕事をしても
何も話さず帰宅しました。


これからどうなろうと
決意は変わらない!



そう想いながら
眠りにつきました。


その4~崖っぷち

翌朝、
携帯の着信で目が覚めました。

母からでした。



『お父さんがおかしい!すぐ来て!』




電話を切ると走って実家へ向かいました。






救急車を呼んだ後でした。




まもなくして救急隊員が来て
父が運ばれました。










オレのせいだ…。





自分ががあんなことを
言い出したから
心労でこうなったんだ…。


その夜、




翌日に講習を控えていたオレは
車で東京へ。


運転する車の中で考えました。


あんな父の姿を見てまで
家を出るべきではない。

その日の夜、
母にもう一度みんなで頑張ろう!
とメールを送りました。




この日から、私の気持ちは変わり
もう一度この実家のお店でやろうと思いました。


何とも言えない不安の中
突き進むしかない。



そう想いながら
日々のサロンワークに励みました。



しかし、


世の中はそれほど甘くはありません。




そう簡単に
お客さまは増えません。



感情的になって流されたけど、
現実は厳しい。

一カ月後、


やっぱり無理だな…。



そう考えた私は定休日の朝に

『あの時は感情的になり流されたけど、
冷静になって考えてみるとやっぱり難しいと思う。』

そう、母に言おうと思いました。


玄関を開けて家に入ろうとした時、
これから講習だから
その前にひと悶着するのはやめよう。


そう思って講習会場に向かった。


予定通りの講習が終わろうとした時、

講師の先生が
『少しだけ時間を下さい!』



そう言いました。



そしてホームページやブログで
発信していくことの大切さを教えて下さいました。



知らないということは
無いのと同じこと。

伝えなければ伝わらない。


何か大きな力で打ち抜かれたような
衝撃が全身に走りました。



やり尽くした…。




そう思っていましたが
まだ、やり残していたことがあった。



この日帰ったら
母に家を出ると伝えようと
考えていた私でしたが、


この日からホームページを
作ることを決意しました。


『まずはブログから始めると良いよ!』


という講師の方のアドバイスを受け、
ブログを書き始めました。





その時のブログがこちら。

↓↓↓

ブログはじめました。

↑↑↑

今から比べると
ずいぶん拙い文章です。


でも、即行動しました。


それから
ホームページ作りを始めました。


パソコンも買いました。




当時の私は
パソコンの知識が全く無し!


右クリックが
分からなかったり、


キーボードで小さい『っ』の文字の
打ち方が分からないレベル。

そのぐらいひどかったです。



毎夜3時間ほど
パソコンに向かいました。


そうして半年間続け、
友人や先輩の助けを借りて
ホームページが完成しました。

と言っても
すぐにお客様が増えるわけではなく
地道にコツコツと
やっていくしかありませんでした。


サロンワークを繰り返しながら
自分の技術の足りないところを探りました。



その結果


理容師の得意とする
かっちりとしたカットは出来るが、

美容師さんの得意とするような
柔らかい雰囲気の
スタイルが苦手だと分かりました。



この弱点を克服するため
7年ほどカットの講習に行きました。

理容師として
10年の修業を終えましだが、

この弱点を克服するのには
これだけの歳月がかかりました。

この間に
次第にお客様は増えていき、

実家に戻って
3年目で少し忙しくなり、

5年目でもっと忙しいお店に
なりました。

7年が経つ頃には
帰ってきて働き始めたころからは
想像ができないくらい
忙しいお店になりました。





ちょうどその頃
将来を考えた時、

このままで良いのだろうか?


そう考えるようになりました。




その5~独立へ

次に考えたのは将来の
お店のことでした。




父と母とオレの
3人体制でやってはいるが、

両親の年齢は
70歳。

あと何年現役で
いられるか分からない。

そう考えるとお店の改装も
いろいろ問題点が出てきました。



問題点は次の2つ。

現在の3人体制から将来オレ1人になった時を
考えた改装が出来るか?

築50年を超えた今のお店を改装するのが
果たして本当にいいのか?





詳細は、今回は省きますが
1年半の業者さんとのやり取りの末
バーバーショップゲインを作ることにしました。



守破離(しゅ、は、り)という言葉を
ご存知でしょうか?















この言葉は『武道』から来た言葉です。




『守』とは、

師の教えを忠実に守り、
そこから外れることのないように
精進して身につけなさいという意味。



『破』とは、

今まで学んで身に着けた教えから
一歩進めて他流の教えや技を
取り入れることを心がけ、

師から教えられたものにこだわらず、
さらに心と技を発展させなさいという意味。

『離』は、

破からさらに修業して
守にとらわれず破も意識せず、

新しい世界を拓き独自のものを生み出せ!
という意味。


18歳でこの業界に入り都内で修業し
理容の基礎を学んだのが『守』。

実家で家族で営みながら
自分の技を一歩進めて
他流の技を取り込んだのが『破』。



そして独立した現在が『離』。




これから新しい形を作っていこうと決め
2017年に独立しました。




人間、誰しも過去があります。



過去があるから今があります。






自分の過去は変えられないです。




変えるとすれば
その過去を自らの強みとして
強くなるしかないです!




今回書いた『オレの根底にある想い』。





自分の過去を振り返り、整理し、
そして強みとして
今のパワーとなっています。





お客様に聞かれる質問の
『たかひこさんは
なぜそんなに頑張れるんですか?』

という答えがこれを読むことで、
お分かりいただければ幸いです。




このような内容のことを
書くことに以前は躊躇というか
ためらいがありました。


でも、私が必死でやってきた事実。



家族を想いお客さまを想い、
精一杯、未来を考え
もがきまくって今があります。



家族を持ち、仕事でも
責任が求められている私と同じ年代の方が、

このブログを読み
みんな様々な過去があり、
様々な重圧の中生きているんだと
知って頂き、


何かのきっかけになって頂ければ
と想います。





せっかく生まれてきた人生だから、
みんなが楽しんで
幸せな人生を勝ち取ってほしいから。



そんな想いから
gain(=勝ち取るという意味)
という店名をつけました。


長文にもかかわらず
最後までお読みいただき
ありがとうございました。

BARBER SHOP gain
(バーバーショップゲイン)

【住所】
茨城県北茨城市磯原町木皿911

【ご予約】
090-8857-3883

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